団通信一一七六号で笹山尚人さんが靖国神社について論じておられたが、大阪支部ニュース二二九号(二〇〇五年八月一二日号)も、ちょっとした靖国神社特集となっている。きづがわ共同法律事務所では事務所で靖国ツアーを組まれたようで、鈴木康隆・井上洋子・渡辺和恵さんの訪問記が並んでいる。かくいう私の所属する大阪法律事務所でも、「八尾 平和のための戦争展」の準備として独自にツアーが企画され、参加した事務局の藤井靖久・片山光江・西尾由香さんが感想文を書いている。私も、行ってみようかな。渡辺さんは百聞は一見に如かずというし。ところが、藤木邦顕さんは、「入場者を増やすのでお勧めしない」なんていうのである。どっちやねん。しかし、やはり法律家は現場が第一。それに、これまであまり考えたことがなかったが、中国大陸のどこかで戦死したという私の祖父もここに合祀されているのではないのか。というわけで、先日、東京出張の折りに、ちょっと早起きして靖国神社に出かけてみた。
いやあ、実に面白かった。まず、大鳥居をくぐって拝殿へ。「世とともに語りつたへよ國のため命をすてし人のいさをを」という明治天皇の歌が掲げられている。右に折れて、軍馬や軍犬や伝書鳩の銅像などを見学した後、「遊就館」へ。それはまさに戦争博物館。一階には、零戦やタイの泰緬鉄道を走った蒸気機関車が飾られ、二階に上ると、皇室コーナーに教育勅語や軍人勅諭が飾られている。続く展示では、明治から昭和にかけて、列強諸国の脅威にさらされる中、わが国がいかにたたかってきたかという歴史が語られていく。日露戦争では軍艦マーチとともにロシアのバルチック艦隊撃滅を誇らしげに語る映画が上演され、太平洋戦争中のさまざまな作戦についてもよく分かって、これは軍事オタクには興味深いことだろう。さらに、中国人民を苦しめているのは日本軍ではなく蒋介石であるとする報道映画、戦車や人間魚雷・回天の実物、数多くの遺書。最後に「英霊」(神様)の写真が多数飾られている部屋へと続く。
そもそも私は、靖国神社の由来もろくに知らなかったのであるが、一八六九年の戊辰戦争の官軍側の戦死者を顕彰するために建てられた「招魂社」がその前身であり、一八七九年に靖国神社と改名され、その後、日清戦争、日露戦争、満州事変、支那事変、大東亜戦争など、ひっきりなしの戦争のたびに戦死者を次々と祀っていったのがその歴史である。そこに祀られている「神様」とは「英霊」のみ。靖国神社が戦争と不可分の施設であることはその本質に基づくものである。
また、「国家(天皇)のために」「戦って死んだ」ものを「顕彰」するのが靖国神社のコンセプトである以上、賊軍や外国軍戦死者を祀らないのも、非戦闘員を祀らないのも、当然であるし、他方、A級戦犯が上記の要件を満たす以上、これを合祀するのもまた、当然となる(太平洋戦争はルーズベルトが不況を脱するために日本に宣戦布告させるよう追い込んだ結果であり、東京裁判は戦勝国の無法な裁判であるというのは、以上の論理からすれば、あくまで補足的な理由であろう)。すべて論理が一貫している。
「遊就館」で描かれる歴史は、太平洋戦争の終結により終わっている。これもまた靖国神社の性格からは当然であろう。要するに、日本が戦争をしなければ靖国神社の存在意義はないのである。だからこそ、笹山さんが指摘するように、首相の靖国参拝は憲法破壊につながるのである。
帰ってから笹山さんが推薦されていた高橋哲哉「靖国問題」(ちくま新書 二〇〇五年四月)を読んでみた。冒頭に靖国問題を「論理的に明らかにする」とされているとおり、非常に明晰な論理で、靖国で感じたことの論理的な裏付けが得られたように思う。
ついでに、高橋氏を激しく攻撃している小林よしのり「靖国論」(幻冬舎 二〇〇五年八月)も読んでみた。小林氏は「真の追悼施設を造るには、新たな戦争を絶対に起こさない国を作る方が先だ」という高橋氏の結論部分を「今どき社民党でも大っぴらには言えないような極左のカルト的主張」と決めつけているが、それは、国家に戦争はつきものという自らの立場から、これと異なる高橋氏の立場を攻撃しているだけである。論理的な批判ではない。
しかし、「遊就館」の展示を見ていくうちに、「ああ、気の毒な日本」、「がんばれ日本」などという気分になってくるのも事実。そこでは、国家と天皇と国民が一体化させられている。来館者の感想が記されているノートをみると、今日の日本の繁栄の礎となった人々に想いを寄せるために一度来てみたかったんです、などの記載がなされている。見事なまでの「教育」装置。こうした靖国神社の実態を知るには、藤木さんに逆らうようで悪いけど、やはり実際に自分の目で確かめてみるのが一番である。
それにしても、二時間程度の見学時間では短かかった。できれば四時間程度はほしいところだ。帰り際に、「遊就館」一階にある喫茶レストランで「海軍カレー(昔ながらの味)」というものを試してみた。この味の評価はたぶん分かれることだろう。
(自由法曹団通信1179号・2005年10月11日)
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