裁判制度に不満を募らせる犯罪被害者
去る6月20日、山口母子殺人事件の最高裁判決が出て、二審までの無期懲役判決が破棄差し戻しされました。その事件の遺族である本村洋さんは、マスコミの会見などで、「これまで自分のプライバシーを犠牲にして、メディアに身をさらしてきた。」「刑事裁判で被害者が、いかにないがしろかを理解してもらうことを使命として活動してきた。」と述べたそうです。
私もこれまで幾人もの犯罪被害者の方々からお話しを聞いてきましたが、犯罪被害者にとっては、犯罪被害者保護法によって刑事裁判で被害者としての心情、意見を述べることができるようになってからも、今の司法制度が犯罪被害者にとって冷たいものであるという思いは、基本的には変わっていないといわざるをえません。
私が担当したある事件について、ご本人のご了解を得た上で、ご紹介します。
ある犯罪被害者のケース
事件は平成14年○月の早朝。Yさんの自宅の窓ガラスが割られ、男(当時20歳)が侵入してきました。男はYさんの娘の元交際相手。Yさんは、それまで男を自分の店でアルバイトとして住み込みで雇っていましたが、男がその間夜更かしをしたりして、仕事での失敗が続いたため、一旦自宅に送って帰った直後のことでした。
男は2本の包丁でYさんの胸を2カ所刺したうえ、Yさん夫婦に取り押さえられました。 Yさんは、すぐ病院に運ばれ、ICUで集中治療の結果、一命を取り留めました。命を危うくする大怪我に加え、店の休業による損害、血まみれになった家の修繕費用などの負担が全てYさんの肩に掛かってきました。
刑事裁判での犯罪被害者
男は殺人未遂の罪で刑事裁判を受け、懲役7年の判決を受けました。Yさんは、その刑事裁判の傍聴を続けました。法廷での被告人の証言ごとに、それは違うだろうと言いたいことばかりでしたが、言うこともできません。男の両親は法廷で、親としてYさんに対して被害弁償の提案を行っているとの証言をしましたが、両親からの提案は50万円を支払うとの一度きり。刑事裁判の後は、全く連絡もありません。
Yさんは、そのような経緯に納得できず、私が両親に対する損害賠償の民事調停を担当することとなりました。
被害弁償も受けられない犯罪被害者
調停では何回も期日がもたれ、調停委員も両親を何とか説得しようと努力をしてくれましたが、結局両親からはまともな回答は最後まで出されず、調停は不調となってしまいました。
その後、Yさんは男に対する損害賠償の裁判を起こし賠償を認める判決はでましたが、男は未だ刑務所におり、被害弁償の目処はありません。
Yさんは、できる限りのことはしたのでケジメはついたからとおっしゃいますが、Yさんの隣に住んでいたご両親が事件の恐怖から引っ越されたり、娘さんはYさんへの自責の想いをずっと抱えるなど、事件の影響は消えることはありません。今もYさんは、正義がなにも実現しないという釈然としない思いを抱えたままです。
刑事裁判や被害回復で犯罪被害者の地位の向上を
刑事裁判では、Yさんは傍聴席から声を上げたいという思いを強く持たれましたが、現在の刑事裁判では被害者はあくまでも一般の傍聴人と同じ立場にしかすぎません。しかし、刑事裁判でも被害者のための席が設けられて、Yさん自身あるいはYさんが選んだ弁護士がその男に対して質問をすることができれば、事件に到ったいきさつなどについて、より真実に近い経緯が裁判で明らかになったかもしれません。
またYさんは、刑事裁判の後に、もう一度男に対して民事裁判を起こさざるをえませんでしたが、刑事裁判の裁判官がYさんのための賠償を男に命じることができるようになれば、Yさんの負担は相当軽くなったでしょう(このような制度、ドイツなどのヨーロッパ諸国で採用されており、日本では附帯私訴と呼ばれています。)。
ただ、仮に賠償が命じられても、Yさんのケースのように、加害者自身にはその支払能力がないことが多いのが実情です。犯罪被害者のための国の給付金もYさんのような場合には支給されないなど、被害回復についての国の施策は 犯罪被害者に対して全く不十分な状態のままです。
平成16年12月、ようやく犯罪被害者基本法が成立しましたが、犯罪による理不尽な損害について、被害者ひとりに負わせたままにせず、被害者のおかれた状況を十分に踏まえて、社会全体でカバーするような施策が求められるところです。 |