就職からわずか1ヶ月で解雇
Xさんは健康食品を製造販売するY社に正社員として採用され、Y社の関西支店で働くことになりました。もともと九州に住んでいたXさんは大阪へ引越し、家具や生活用品なども買い換えました。
XさんはY社で営業の仕事につきましたが、入社してわずか1か月(試用期間は3か月)で、Y社関西支店のA支店長から解雇を言い渡されました。
解雇言渡時に、A支店長はXさんの再三の要求にもかかわらず解雇理由を明かしませんでした。Xさんが労働基準監督署などに相談に行き、指摘するまで、Y社は解雇予告手当を支払おうともしませんでした。
また、Y社から送られてきた離職票を見ると、Xさん自身が記入し押印しなければならない署名部分を、Y社は無断で記入していました。離職票の退職理由も、本当は「解雇」であるにもかかわらず、「退職勧奨」という嘘の記載がなされ、違法なことが繰り返されていました。
私と原野弁護士は、Xさんから依頼を受け、Y社に対して解雇理由を明らかにするように内容証明郵便で通知しました。Y社が言ってきた解雇理由は、研修の成果が上がらない、プレゼンの出来が非常に悪かった、態度が悪い、他の社員が一緒にやっていけないと言っている等でしたが、いずれも事実に反するものばかりでした。
しかし、私たちが解雇の違法性を指摘しても、Y社は非を認めず、解決を図ろうとしませんでした。
労働審判の申立
Xさんは、Y社の不誠実な対応にどうしても納得がいかず、法的手段(裁判)に出ることにしました。
最近は、労働事件の解決にもいくつかの裁判手続があり、そのケースに最も適切な手続を選択することが重要です。
Xさんは、まだ20代前半と若く、Y社に戻るつもりはありませんでした。違法な解雇をされた場合、解雇を無効として、使用者に対して労働者の地位の確認を求めることが多いのですが、Xさんの意向から、違法な解雇による損害賠償請求をし、金銭解決を図ることにしました。
また、Xさん自身が、Y社との問題を早期に解決して、新たな就職先を探したいとの意向でしたし、入社から解雇までわずか1か月というケースでもあったので、時間がかかる裁判は適切ではないと考え、2006年4月から施行された労働審判を申し立てることにしました。
労働審判は、労働審判官(裁判官)と2名の労働審判員(素人裁判官)が当事者双方の言い分を聞き、紛争解決を目指す制度です。原則として3回以内の期日で審理を終結しなければならないとされていますので、争点が複雑でない紛争を、早期に解決するのに適しています。
私たちは、Xさんから詳しく事情を聞いて申立書を作成し、証拠と一緒に裁判所に提出しました。
労働審判の審尋と調停
労働審判の第1回目の期日は、申立から約1か月後に開かれます。それまでに、Y社の側も十分な反論をしなければならないのですが、Y社から具体的な反論や証拠が出てきたのは、なんと審判期日の前日でした。
労働審判の1回目の期日では、A支店長とXさんに対して、「審尋」という当事者への質問が行われました。まず審判官と審判委員から質問がなされ、次いで弁護士が補充の質問をしました。質問は長時間に及び、午前に始まった審理は午後1時になってようやく終わりました。
その過程で、Y社の代理人の弁護士とA支店長の重視する解雇の理由が食い違っていること、試用期間中であるにも係わらず、研修らしい研修もなく、Y社のXさんの業務遂行についての見極めが不十分なまま解雇がなされたこと、Xさんのプレゼンに対し同僚から好意的な評価もなされたことなど、Y社の解雇理由が事実に反し、不当なものであることが明らかになりました。
約1か月後に開かれた2回目の審判期日では、審判委員会が「解雇が無効である」との心証を前提に、調停案を示しました。その内容は、Xさんにとっても納得のできるものでしたので、調停条項をまとめる手続きに入り、双方の意見を調整して、2回目の期日で、調停が成立しました。
解雇から4ヶ月でスピード解決
調停が成立したのは、Xさんが突然解雇をされてから、約4か月後でした。
短期間での解決を優先して、労働審判を申立て、それが解雇から4か月という早期の解決につながり、労働審判を有効に活用できたケースでした。
Y社の違法な解雇に対し、Xさんが勇気を出して闘われ、その勇気が報われる解決ができたことは、私たちにとっても大変うれしいことでした。
Xさんは、現在は、新しい勤務先で元気に働いているそうです。
参考リンク 「取扱事件の説明」→「解雇」も参照ください。
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