1 貧しさゆえの盗み
私はこの1年間で4件の窃盗事件の弁護をしました。そのいずれの事件も被告人は日雇い派遣労働者でした。
統計が手元にあるわけではありませんが、おそらく日雇い派遣労働者が貧困に苦しんだ挙げ句、罪を犯してしまうというケースが増えているのではないでしょうか。
最近になって、日雇い派遣労働者の劣悪な労働条件や低賃金がようやく世間にも広く注目されるようになってきました。今年に入って、大手日雇い派遣会社が厚生労働省から業務停止命令を受けたのは記憶に新しいところです。
このような雇用条件の劣化が、労働者を経済的に追いつめることは言うまでもありません。さらに深刻なのは、ときとして貧困がその人の精神さえもむしばんでいくこともあるということではないでしょうか。
もちろん、極限的な貧困状態におかれたからといって、全員が犯罪をおかしてしまうというわけではありません。そのような中でも真面目に生活していらっしゃる方もたくさんおられます。
しかし、経済的に追い込まれ、誇りをも奪われたとき、人は罪を犯すことへの自制がきかなくなることがあることも事実と言えるでしょう。
2 2つの事案
Aさん(40歳代・男性)は、アパートに侵入し食べ物を盗もうとしたところを帰ってきた住民に見つかり、その場で現行犯逮捕されました。
Aさんは、インターネットカフェで生活し、主に建築現場に派遣されていました(なお、建築現場への派遣は違法です)。 人間関係は劣悪で、気に入らない人の足場のねじをゆるめておくというような陰湿なことも行われていました。
ある時、Aさんは、体調を崩ししばらく仕事に出ることができなくなりました。その間に手持ちのお金を使い果たし、インターネットカフェにもいられなくなりました。
Aさんは、野宿をするために公園に移動することにしました。その途上、前日から何も食べていないこともあって激しい空腹感に襲われ、食べ物を求めて民家に侵入してしまいました。
Aさんは「盗みはいけないということは分かっていました。しかし、あまりにお腹が減っていましたし、この年齢でこんなみじめな生活をしていると思うと、『どうでもいい』という気持ちになり、やってしまいました。」と言いました。
もう1つ事例を紹介します。
Bさん(20歳代・男性)はコンビニエンスストアで食料品を万引きし逮捕されました。Bさんは、以前は正社員として働いていましたが、ある時体調を崩して退職を余儀なくされました。
病状が軽快した後は、非正規社員として飲食店で働いてきましたが、些細な行き違いから暴力をふるわれることも少なくなく、体調も悪化してきたので退職しました。
その後は、体調の回復をはかりながら、日雇い派遣労働者として働いてきました。Bさんが言うには、日雇い派遣の仕事で月収20万円を得ようとすれば、1日に2つの仕事をかけもちしなければならないそうです。ところが、彼の場合、体調が万全でないことから仕事のかけもちはできません。ですから、月収は多くて10万円を少し超える程度で、体調が悪くて働けないときにはほとんど収入はありませんでした。
Bさんの当面の目標は再び正社員として働くことで、日雇い派遣の仕事をしながら就職活動にも励んでいました。
もっとも、就職活動を続けていくのにもお金が必要です。会社に面接に行くためには交通費もかかります。また、面接に行っている時間は当然仕事を入れられませんし、複数の会社に何度も面接に行くわけですから、その分の生活費を蓄えておく必要があります。
就職活動の資金を貯めるためによりよい条件を求めて何度も職場を変えました。
そんな中で、Bさんは盗みを働いてしまいました。犯行当時、食料品を買うくらいのお金は持っていたのですが、就職活動を続けるために少しでもお金を節約したいと思い、いけないことだとわかっていながら罪を犯してしまいました。
Bさんは「今の自分は本当の自分ではなく、いつも惨めな気持ちで生活していた。」と言っていました。
3 弁護士の活動には限界がある
刑事裁判の現場では、短期間に職を転々としていた被告人を自堕落な生活を送っているかのように検察官が糾弾する場面がしばしば見られます。
しかし、Bさんは、体調の回復を図りながら生計を立てざるを得なかったために、日雇い派遣の仕事をしていただけです。しかも、正社員として働くために地道にお金を貯めていたのですから、決して自堕落な生活をしていたわけではありません。
私たち弁護士は、被告人が事実を認めている事件では、被告人の反省を促すとともに、適切な監督者を探し、被告人を取り巻く環境を改善し、被告人が再犯に及ばないように条件を整えていきます。ただ、このような個々の取り組みには限界があります。
一般的に裁判では、職場や家族から監督者を探して法廷に来てもらうのですが、日雇い派遣労働者の場合、職場での人間関係自体が希薄であるため、上司や同僚から適切な監督者を探すことは困難です。
また、家族からも努力が足りないために定職に就けないのだと誤解され、協力を拒否されることもあります。さらに、釈放後の就職先を探そうにも、やはり日雇い派遣労働者にはそのようなつてがないことが多く、就職先が見つかりにくい状況にあります。
4 社会構造の見直しを
苦しい状況におかれたからといって罪を犯してよいということにはなりません。しかし他方で、すべてを彼らの責任ということも出来ないと思います。
問題であるのは、極限的な貧困と労働条件の劣化によって、本来犯罪を無縁で生きられたはずの人の一部が罪を犯してしまうというケースが確実に存在するということです。
極限的な貧困と労働条件の劣化を生む社会構造そのものが見直されなければ、問題の根本的な解決ははかれないように思います。
貧困のために、本来罪を犯さずにすむはずであった人たちが罪を犯してしまうような悲しい事件が少しでも減るように願ってやみません。 |