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HOME > 情報発信 > 孔市良通信 > 「モツィアへ塩買いに」


 

1.セジェスタからマルサーラへ
 セジェスタの神殿で時間を使ってしまったが、今日のメインは、モツィア島と断崖の上に立つ町、エリーチェの観光である。
 バスは休憩なしで走りに走って、マルサーラの町に到着したのは2時40分であった。ここは地中海に面しており、百数十キロ先は北アフリカの街カルタゴ(現在のチュニス)である。何だか急に遠くにきたものでという感じがしてくる。
 「はじめに」でも書いたように、この町を築いたのはフェニキア人である。このシチリア島の西岸の沖にあるのがエガディ諸島で、三つの島があり、12,000年前の旧石器時代から人が住んでおり、洞窟画を残しているので有名である。
 この町は、車を降りてゆっくり見る時間がないというので、車の中からワイン工場やワイン博物館、カンタベリーの大司教、聖トーマスを祀るドゥオーモなどを見て廻った。


 この町の周辺はいたるところにブドウ畑がある。シチリアのブドウ畑はフランスのブルゴーニュなどのブドウ畑と比較すると、背が高い。棚が高いと思う。全島にブドウ畑が多いが、日本とフランスとの中間位の作り方のように感じた。マルサラの町の周辺250kuがブドウ畑で、アフリカに近い陽光がブドウそのものに詰まっているようである。このため、ここのワインはアルコール度が高い。
 味はよく飲むワインの味より、スペインのヘレス・デ・ラ・フロンテーラのヘレス酒(シェリー酒)の味に近いように思った。

写真左:マルサーラワイン


2.モツィア島へ
 モツィア島は、シチリアの最西端の町、トラーパニとマルサーラの丁度中間点にある、小さな島である。バスは海岸線に沿って走る。空には黒い雲が出てきて、何だか暗くなってきた。しかし雨は降ってこない。前方に赤い風車が二、三台見えてきた。モツィア島に渡る海岸の小さな船着き場に近くなると、海岸線はほとんど塩田である。
 40ヘクタール強の小さな島が港の真正面に見える。20人乗りぐらいの小型船で島に渡るのであるが、この島までは浅瀬で海の中に牛車が通る道がある。
 この島全体がフェニキア人の最古の居住地としては、ヨーロッパ第1の重要な遺跡といわれている。前世紀にフェニキア人によって築かれた基地であったが、早い時期に放棄されたため、ポエニ戦争でカルタゴが敗北した後のローマの徹底的な破壊からまぬかれたようである。この島が発掘されたのは、先の述べたマルサーラ酒の工場を設立したイギリス人のウィトカーによってであり、それは19世紀末のことであった。
 渡し船の運転手はのんびりしたもので、釣り糸をながしながら船を運転している。あじのような小魚がつれるようだ。

 この島全体が遺跡で、城壁も住居も倉庫も発掘されている。ローマ人の住居跡も発掘され、白黒の玉砂利によって描かれた、動物のモザイク床も博物館のそばの庭で見ることができた。博物館がこの島にあり、発
掘品が展示されている。
 一番のメインは等身大のモツィアの青年像であるが、現在トリノに貸し出されており、残念ながら写真のみであった。素焼きの仮面が何点か、ユーモラスでなかなかよかった。子供の墓石や墓碑なども沢山展示されている。
写真右:泣き笑い仮面(モツィア博物館)


 モツィアといえば、食塩である。ここに来る以前から案内書を読んでいる仲間も多く、モツィアでは何が何でも「塩」と合い言葉になっていた。モツィア島に塩田があるわけではないが、対岸の海岸線はどこまでも塩田が続いている。
 製塩法は、フェニキア人から伝えられたものであるらしいが、そうであるなら、前8世紀からの伝統のある塩ということになる。試したことはないが、苦みがなく甘みを感じる味だといわれている。モツィアからの帰り、船着き場での土産店で1キロ150円で、大きなツブのすきとおるような白い色の塩で、みんなが買い占めてしまった。ただ、食塩としてきちんとしたものはエリーチェの町で買うように教えてもらったので、まあ漬け物の塩にでも使ったらよいと思った。
 塩田のそばのあちこちに赤いレンガで囲われて、小山のようになっている個所がある。この中には塩があり、一年間ねかせておくためにレンガで保護されているのだということだった。赤い水車もあって、塩田と水車、レンガの山など、いい風景になっていた。


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