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HOME > 情報発信 > 孔市良通信 > 縄文遺跡をめぐる旅−能登半島 真脇縄文遺跡


 

 まず能登半島の真脇遺跡から始めたいと思う。
 2006年10月22日(日)から和倉温泉で開催された自由法曹団全国総会のプレ旅行として、能登半島の輪島から奧能登の北端、狼煙(のろし)などを訪れた。狼煙に行く途中、旅行社の手配してくれたタクシーの運転手に無理を言って、能登半島の外浦(富山湾側)の九十九湾に近い、能都町の縄文遺跡である、真脇遺跡に立ち寄ってもらった。

「世界最古の捕鯨発祥の地」
 真脇遺跡に立って、前方を見ると、遺跡と接して海が広がっている。ここは昭和57年から昭和58年にかけて発掘された、縄文時代の前期初頭約6000年前から晩期終末約2300年前までの約4000年間続いた定住型の縄文集落遺跡である。
 特にこの遺跡を有名にしたのが、多量のイルカやクジラの骨の出土であった。
 平均体重約100キロのマイルカを捕獲していたとなると、多数の縄文人とイルカの戦いが海の中で行われていたと推測される。
 縄文前期の層から発見された個体数は284体分しかないが、今まだ発掘されている面積は少ないので、イルカ捕獲数は数千頭に及ぶと思われる。
 「人類と鯨類との関係史にとって、きわめて重要な遺跡である」(「海を渡った縄文人」橋口尚武編著 小学館)と評価されているし、能都町教育委員会のパンフでも「真脇は世界最古の捕鯨基地であった」と誇らしく記述されている。

真脇遺跡の出土品
 真脇遺跡は約6000年前から約2300年前までの約4000年間も続いた長期定住型集落遺跡で、前期、中期、後期、晩期と判然を区分することのできる遺跡である。
 まず、前期の層から出土した中で、一番有名なものは「お魚土器」と呼ばれる真脇式深鉢で、平成3年第46回石川県国体の炬火台のモデルになったので、広く知られている。
 もう一つ前期の木製品として、巨大なトーテムポール状の252センチの彫刻柱で、多量のイルカの骨と共に発見されたので、イルカの霊魂に捧げられた呪術的儀礼のものと想像されている。
 中期では「鳥さん土器」と名付けられて浅鉢でくちばしと目が赤彩されていて、見ていても新鮮な感じがする。
 縄文の日本人は何を食べていたのか。想像するだけで楽しいが、捕鯨の歴史の古さを知ることができて、ここまで来てよかったと思った。




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